会長挨拶
日本工学会 会長就任のご挨拶「未来社会のための工学の挑戦」
公益社団法人 日本工学会
会長 岸本 喜久雄
(東京工業大学名誉教授、日本工学アカデミー会員)

この度、会長として2期目を迎えることになりました。引き続き会員の皆様方とともに日本工学会の使命を果たせるように努めて参りたいと思います。さて,2019年に発生した新型コロナウィルス感染症(COVID-19)は世界的な大流行となり、私たちに「新しい社会様式」への転換を迫りました。そのなかで、デジタルトランスフォーメーションへの取り組みの加速化が求められています。この方面で我が国はやや遅れをとっていたことから,これからの飛躍的な発展が望まれるところです。一方で,環境問題への意識の変化も見られ、カーボンニュートラル社会の実現が強く希求されるようになりました。私が関係している新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)では,「持続可能な社会の実現に向けた技術開発総合指針2020」を公表していますが、そこでは、二酸化炭素排出量を2050年時点で実質ゼロにするためには世界で年間約400億トンの削減が必要で、従来技術だけでは毎年1000兆円規模のコストがかかると試算しています。一方,コロナ禍による世界の経済的損失は1000兆円規模であるとの推定がなされています。コロナ禍は経済的にも甚大な影響をもたらしていますが,これと比較してもカーボンニュートラル社会の形成のためには莫大な投資を必要としていることが想像できます。カーボンニュートラル社会の実現のためには革新的技術の開発が必要です。デジタルトランスフォーメーションの発展やカーボンニュートラル社会の実現には,その担い手となるべき工学関係者の役割は大きいと言えます。
日本工学会は、1879年に工部大学校(東京大学工学部の前身)の第1回卒業生23名によって創立された日本で最初の工学系学術団体です。我が国の工学の発展に伴い、分野ごとに個別の学会が設立されるのに伴って、1922年に個人会員制から学協会を会員とする体制に変更され、現在に至っています。現在は約100学協会により構成されています。日本工学会は、我が国の工学系学術団体の原点であるとの認識のもとに、学協会の連合体組織であることを活かして、工学および工業の進歩発展を図ることを目的に活動しています。
日本工学会は、UNESCOの援助の下に1968年に設立された世界工学団体連盟(WFEO)に、日本学術会議とともに1972 年に加盟が承認され、世界の工学コミュニティの一員としても活動を行っています。2015年には第5回世界工学会議(WECC2015)を主催し、産業界、学術界、教育界、行政ならびに市民の総力を挙げた取り組みにより、我が国の「社会を支える工学」、「社会イノベーションを創る工学」の実践例を世界に発信するとともに、ここでの議論を「WECC2015 京都宣言」として公表しています。
UNESCOは、WFEOが創立50周年を迎えたことを契機にエンジニアの活動を広く人々に認識してもらい、あわせてSGDs の推進に貢献することをアピールする目的で創立日の3月4日を世界エンジニアリングデイとして採択しました。これを受けて、2020年には世界各国で記念行事を開催することになりました。我が国でも、日本工学会が日本学術会議、日本工学アカデミーならびに関係学協会の協力を得て、第1回記念シンポジウムを開催するべく準備をいたしました。しかしながら、新型コロナウィルス感染症拡大のために実開催をすることは叶いませんでした。登壇予定の皆様がご用意された資料をWFEO の会長のGong Ke 教授のメッセージとともに当会のホームページで公開することで第 1 回シンポジウムは、バーチャルに開催したことといたしました。第2回の本年は「多様性と包摂性のある社会のための工学の未来」をテーマとして,ハイブリッド方式で開催することができました。第1部は「技術者の役割・未来」を、第2部は「未来を拓く工学」をテーマとして、登壇者によるショートスピーチに続いてダイアローグ形式で意見交換を行いました。記念シンポジウムとして相応しい意見交換ができたように思います。工学の未来像は様々に描けますが,多様性と包摂性のある社会の実現ためにはどのような望ましい姿があり得るのか,これからも皆様と一緒に考え,それを実現する道を探っていきたいと思います。
環境問題をはじめ多くの社会課題の解決には工学分野を専門とする人々の弛まない挑戦が求められます。日本工学会の役割として求められるのは,工学に携わるこのような技術者・研究者の活躍を支援するとともに、未来社会を拓く工学の発展を促進することにあると考えます。会員の皆様のご協力のもとにこの役割を果たして参りたいと思います。
2019年6月7日